今日は、義母の10歳年長の伯母さま(間もなく98歳)に会いに往復4時間かけて行ってきました。
会いたい会いたいと言っていたわりに本人同士はケロッとしている感じでしたが、魂のレベルでは喜びを感じていると信じています。
さて、あなたは自分は運がいいと思われますか?反対に運が悪いと思われますか?
そして、これから運をよくしたいと思ったら、今起こった現象をどのように受け止めるのが最善だと思われますか?
私自身は、人生いろんなことがありました。
でも不運だとか、ついてないとか思ったことはあまりないのです。
その代わり、試練なんだな、という思いはずっと持ってきました。
今となると、何か大切なことに気づくためのステップだったんだな、と思います。
それで、今、日々「不思議」と向き合っているのです。
「不思議」は「不思議」を引き寄せるので、どんどんその「不思議」は強まり、今や確信に近いものとなりました。
どういうことかと言いますと、たまたま乗った電車で会いたいと思っていた人と偶然に会ったりするのです。
たとえば先日は、仕事に出かける朝、電車に乗って一つ空いている席に腰かけると、右隣りに座っていたのがちょうどMさんでした。「筋肉反射」を接骨院の施術で使ってらっしゃるため、どうやって確かなワザになさったのかうかがってみたいなと思いつつ、なかなかお店にうかがう時間がとれない、そんなタイミングでしたから驚きました。答えは「ともかく練習!」だそうで、納得しました‼ お話できたのはたったひと区間のことでしたが、苦労話も聞くことができてとても励まされました。
その翌々日は、乗車した次の駅で、私が座った席の隣りに元気な空気を身にまとった人が腰かけました。Tさんでした❢いま現在は学童保育のお仕事で、毎日子どもたちと触れ合っています。かつて地域に「大事」があった時に、共に活動した仲間でもあります。彼女と話していると、目立つ外見とは違う魂の素朴さ、純粋さにいつも感動してしまうのです。新しい恋人ができたと語る彼女の唇には、ピンク色の口紅がひかれていました。
こんな感じで、ほぼ毎日のように誰かとバッタリ!
まさに「犬も歩けば」状態です。
最近はもっぱら「会いたいと思っていた人に会う」ようになりました。
これって何故?
天は、何かを伝えようとしてくれているんだなと気づきました。そしてその先に、今の仕事(占いとヒーリング)があったのです。そう考えています。
必ずしも楽な道を歩んできたわけではありません。
高校生で父をなくして、「目に見えないもの」の存在をそれまで以上に必要なものとしてとらえてきました。
もっと勉強したことを生かしたかったであろう父の早すぎる死は可哀想でしたが、父の死を「運が悪い」とは思ったことがありません。むしろ父の死をきっかけに、私の目は覚めました。
数年前に母も亡くなりました。最近出会ったノニをその頃知っていたら、癌の転移を防ぐことができたのにとも思いますが、母の病気や死を「運が悪い」とは思いません。周囲の方たちへの感謝をずっと口にしていた母の姿は、理想の最期かなとも思います。また、周囲の方たちのまごごろに触れることができたのは、素晴らしい経験でした。
嫁ぎ先の義父とは色々な話をしました。私に家を任せて義母はよく旅行に出かけていましたので、義父と過ごす時間はたくさんありました。夫の聞いたことのない話も聞くことができました。高潔な魂を持った義父を私は尊敬していました。次女がお腹にいる時に亡くなってしまったので、共に過ごすことができたのはわずか2年半ですが、実際はもっと長く一緒にいる気がします。今もすぐそばで見守っていてくれているからでしょう。
学校の委員(PTAなどの役員)も子どもの数だけ経験しました。4人の子のそれぞれの学校で引き受けました。
自分から手を挙げた時は楽しい活動ができましたが、くじ引きで当たってしまった時は必ず「何か役目」がありました。問題が起こっている時に、役目は訪れました。結果的に必ずしも「上手な解決」にはならなかったのですが、そこから自分の使命に気づかされました。
どの経験も楽ではありませんでした。大変でした。
けれども、その「大変」に立ち向かっていきながら、自分の中に眠っている役割に目ざめ、それが今の私に全てつながっています。そう考えると、それは「運がいい」うちに入るように思います。
運がいい❢と思うことで、どんどん幸せは引き寄せられるようですよ。
自分の中の「運」の芽を、このゴールデンウイーク中にしっかり育てましょう。
本日もおつきあいいただきましてありがとうございました。